鳩山内閣、議事録残さず 政治主導の検証困難
鳩山内閣が政治主導の舞台としている閣議や閣僚懇談会、閣僚委員会、政務三役会議の議事録を基本的に残さない方針を続けている。「議事録作成が前提となれば政治家同士の自由な意見交換が妨げられる」との理由だが、関係者からは「政策決定のプロセスを歴史的に検証できない」と懸念する声も出ている。
鳩山内閣では各府省ごとに閣僚、副大臣、政務官の「政務三役」が政策を立案し決定。複数の府省にまたがる重要課題は担当閣僚で「閣僚委員会」をつくり調整するなど、官僚に関与させない仕組みだ。
閣議や閣僚懇談会については旧政権下でも議事録を残していなかったが、これには事務次官会議で事前に発言内容を調整していたという背景もある。鳩山内閣では事務次官会議を廃止したため、閣議での発言はこれまで以上に政策決定の上で重要な意味を持つのは間違いない。
平野博文官房長官は議事録作成に否定的な意向を示し「自由闊達な意見を述べてもらい方向性を出していく場だ」と強調。「記者会見や背景説明により、透明性を確保できる」との立場を崩していない。 (共同通信)
製作の決定過程を記録に残さないなどという発想は「民主主義」に反する。
わたしは愚民の民主主義など信じていないが、政治家が政治の決定プロセスを記録に残さないのなら、それは暗黒政治そのものだ。
絶対君主だとか独裁者の政治では、その独裁者は己の政治には一元的に責任を問われる。
しかし、現在の民主党政権では責任の所在をウヤムヤにして何でも決定できる。後で民主党の政治を歴史的に検証しようとしても、嘘で固めた公式発表と官房長官のコメント以外は残っていない。
スターリンやポルポト以上の大粛清と同じことをやっても誰の指示で行ったかの証拠を残さずに実行できる。
日本始まって以来の政治のブラックホール時代がやってきた。
民主党政権が退場した後で「新東京裁判」を行って、日本崩壊を牽引した者を断罪しようとしても、証拠が残っていないだろう。

バビロニア遺跡のイシュタール門の兵士


by one20020530
口先ばっかりの原口君 いいこ…